「争族」という言葉があるように、相続、特に遺産分割においては、親族間の諍いが発生することは決して珍しくありません。
遺言書の内容を巡り、互いの「遺留分」「特別受益」「寄与分」を主張して口論となるケースも多く、最悪、調停で決着がつくまで何年も争い続け、その後は絶縁状態に…などという実例も多くあります。そうした相続問題を避けるためにも、事前にこれらの制度の内容を理解し、対策を進めていきましょう。
1.遺留分
遺産分割関係の問題でよく耳にされる言葉に「遺留分」というものがあるかと思います。ご存知の方も多いでしょうが、簡単に言えば各相続人の最低限の相続財産の取り分を指します。
取り分は相続人の組合せにより以下の通り。
- 配偶者のみ又は子のみ: 1/2(子が2人なら1/4ずつ)
- 配偶者+子: 配偶者1/4、子1/4(子2人なら1/8ずつ)
- 配偶者+親: 配偶者1/3、親1/6(両親なら1/12ずつ)
(※なお、兄弟姉妹に遺留分はありません)
割合は変動しますが、どのパターンでも法定相続分の1/2は遺族の取り分として保証される形で、これを下回る遺産分割がされた場合には遺留分侵害請求を起こし受け取ることが可能です。
遺留分が基で問題が発生する具体的なケースとしては、
(1) 「長男に全ての財産を相続させる」など、遺言書に記載されている遺産分割が偏っている場合
(2) 生前、長男に対してのみ多額の贈与が行われた場合
などが考えられます。
(1)は家督を継ぐ長男に全財産を、という古典的で良くあるケースですが、この場合でも、遺留分は遺言書より優先されますので、他の兄弟に「遺留分侵害請求」をされた場合には支払う義務があります。
また、(2)は少々意外かも知れませんが、故人から相続人への相続開始前10年以内の贈与は遺留分侵害請求の対象に含まれ、相続財産に足し戻すことになります。
例えば、2人兄弟のうち、父親が亡くなる5年前に長男にだけ3千万円の贈与をしており、残った1千万円の遺産を1/2の5百万円ずつ相続しなさいと遺言書に書いてあった場合、次男は、遺産1千万円に生前贈与3千万円を足し戻した4千万円に対し1/4の遺留分、つまり1千万円を請求することが可能ということになります。
なお、2019年の法改正により、遺留分の侵害請求に対する支払いは、原則として「現金」でしなければなりません。
相続財産が不動産のみの場合などは、売却して遺留分の現金を用意する必要が出てくるでしょう。
2.特別受益
続いてご紹介するのが「特別受益」です。
これは特定の相続人だけが故人から生前に受けていた贈与などの利益を指します。
上述の(2)のようなケースがこれに該当し、この場合、長男に「特別受益」があることを次男が主張し、それが認められた場合、その分、長男の相続財産が減少し、次男の相続財産が増加することとなります。
他には、結婚資金や住宅取得資金の贈与、大学以上の教育資金の支払いなどが該当する場合があります。
とはいえ、列挙したケースが必ずしも「特別受益」に該当すると判断されるわけではなく、各家庭の資産や収入、社会的地位などを加味し、ケースごとに判断がなされることとなります。
ですので、兄弟で長男だけ医学部へ進学したというような場合でも、親が開業医であり、長男への事業承継を考えている場合などは、故人からの多額の資金援助があったとしても、「特別受益」とは認められなかった事例があります。
ただし、この件では他の兄弟も大学進学はしていたため、大学進学そのものが長男のみであれば判断が変わっていた可能性があります。
なお、公立・私立の差など子供の個人差に応じた教育をつけ、結果的に費用に差異が生じた場合は、扶養義務として合理的な範囲なので「特別受益と」は認められないようです。
また、ここで知っておきたいのが、「持ち戻し免除の意思表示」です。故人が生前に贈与した財産について、持ち戻しを免除する旨の意思表示を行った場合、その贈与財産は加味しなくてよくなるのです。この免除は口頭での意思表示も可能ですが、後々の争いを避ける意味でも、遺言書に記載しておくのが無難でしょう。
しかし、先述の「遺留分侵害請求」と「持ち戻し免除の意思表示」では、「遺留分侵害請求」の方が優先されるため、相続開始前10年以内の贈与に関して、たとえ遺言書に免除する旨を記載したとしても遺留分の計算上は反映されることとなる点に注意が必要です。
また、2019年の法改正により、結婚20年以上の夫婦間での自宅の生前贈与については「特別受益」から免除されることも知っておきたいところです。
3.寄与分
次にご紹介する「寄与分」は、いわば先述の「特別受益」の反対で、特定の相続人が、故人の財産の維持又は増加に貢献した場合、その人の取り分を増やす制度です。
先述のケースで、次男が自らに「寄与分」があることを主張し、それが認められた場合には、その分長男の相続財産が減少し、次男の相続財産が増加することとなります。
とはいえ、「寄与分」が認定されるには、「無償で」「継続的に」「専従的」に行われていたかが問われるため、例えば、
(1) 無給で、長年に渡り医院の運営に従事してきた場合
(2) 退職等をして、長年に渡り院長の介護を担ってきた場合
など、高いハードルが求められ、認められないケースも多々あります。
これは、かつて「寄与分」を主張できるのは“共同相続人(その相続で実際に遺産の相続を受ける相続人)”のみだったことも原因で、現実には、故人の“子の配偶者”や、“相続人ではない親族”が故人の介護や家業の手伝いを長年に渡って行うことも少なくないにも関わらず、それらの方々には「寄与分」が認められていなかったのです。
しかし、2019年の法改正により、これら“共同相続人”以外の親族にも「特別寄与料」の請求が認められるようになりました。
共同相続人以外の親族による故人への貢献の一切が「法的に無意味」と断じられることは常識的に受け入れ難いという世論を反映した改正といえます。