労務・人材活性化

有給休暇は100%取得しないと損?

経営VOL.174

2019年4月から、全ての使用者に対して『年5日の年次有給休暇の確実な取得』が義務付けられて4年半が経過し、対象者には「5日取得させて当然」の世の中になりましたが、この制度が呼び水となったのか、この数年、有給休暇の取得に関するご相談が本当に多くなりました。
 当然、有給休暇の取得はスタッフの「権利」であり、申し出を受けた使用者は基本的には断れず、「事業の正常な運営を妨げる場合」に於いては「時季変更権」、つまり、その日とは別の日に与えることができる権利があるものの強制力はなく、判例でも「事業の正常な運営を妨げる場合」は極めて限定的で、結局、スタッフの「時季指定権」が優先されることが多く、使用者にとっては本当に頭の痛い問題です。

もちろん、スタッフも全員が好き勝手に有給休暇を取得するとクリニックが回らないことは重々承知しているものの、それでも何とか多少の無理を押して取得しようとし、使用者が難色を示してトラブルになる…、という構図がほとんどです。 この問題は労使の立場・価値観の違いだから相容れることはないと、半ば諦めている院長先生も多いのですが…、そもそも、この有給休暇という制度は何故できたのか、どのような主旨のものなのかという「原理原則」を労使が共に知れば、少なくとも価値観の相違によるトラブルは防ぐことができますので、今号では、この有給休暇制度を解説させて頂きます。

【有給休暇の始まりと主旨】
有給休暇の歴史は古く、1947年(昭和22年)に定められた「労働基準法」が始まりで、制定の主旨は、「労働者の心身の疲労を回復させ、労働力の維持培養を図るとともにゆとりある生活の実現に資する」というものでした。昭和22年とは戦後復興に国民が邁進していた時期であり、誰もが生活を立て直すのに必死だった時代です。
しかし、働き過ぎて体を壊し、生活を立て直すどころか逆に貧窮する事例も多く、そうなると工場も新たに人を確保しなければいけなくなることから、休んでも賃金を保証し安心して養生させ、健全な労働を提供してもらう環境を作ったということなのです。 つまり、有給休暇制度の本来の目的とは、労働者に健全な労働力を維持してもらい(安定的に働いてもらい)、安定した生活をするため(暮らしを守るため)に労働者を救済することにあり、有給休暇を使う機会がなかったとしても、それはそれで幸せに過ごせた証拠と捉えるものだったのです。

【「24時間働けますか?」の流行の裏で…。】
その後、ジャパン・アズ・ナンバーワンと呼ばれるほどの高度成長を遂げ、1980年代後半からバブル経済の時代に突入し、覚えておられる先生方も多いかと存じますが、「24時間働けますか?」が大流行するほど日本人は企業戦士として働き、世界から働きバチと揶揄されるほどになりました。
同時に、その裏では「過労死」が社会問題になり始めました。つまり、日本人は「労働」と「休暇」のバランスを崩し、戦後に定められた有給休暇の主旨は埋もれてしまったのです。

【そして、働き方改革が始まりました。】
その後、平成から令和になっても日本人は相変わらず一生懸命働いているのに生産性は先進国で下位、有給取得率も下位、実質賃金は低下し、このままでは国力が下がる一方ということから、働き方を見直すしか浮揚策がないということで、「労働時間の短縮」「多様な働き方」、そして「確実な休暇取得」を推進することになり現在に至っています。つまり、今号の冒頭でご紹介した『年5日の年次有給休暇の確実な取得』は、このような背景から生まれたのです。 

【有給休暇という「権利」の前に労働力提供という「義務」】
そもそも、労働基準法で最低限の法定休日は定められていますし、労働者は「週何日(何時間)働きます(労務提供します)」という約束で採用されているはずですので、本来、労働者は約束通りに働いて、使用者は法定通り休ませれば何の問題もなく、あくまで有給休暇はスタッフの不測の事態における救済措置であり、本来は雇用契約通り働くのが基本で、取得できなかった有給休暇があっても、それは「損」ではなく「救済される理由がなく無事に働けたということ」という認識を医院で共有して頂きたいところです(院長だけでは難しくサポートが必要であれば、いつでもお声掛け下さい)
しかし、国が5日間の取得を使用者に罰則まで設けて強制している以上、これに従わなければいけませんが、替わりのいないスタッフを休ませるのは非常に難しく、同じ悩みを持つ小規模事業所は業種問わず多く存在します。
それは国も理解しており解消措置として計画的付与制度を設け、夏季や年末年始の通常の休暇期間の前後に少し休みを増やしたり、飛び石休暇の間に休みを挟み連休にしたり、事業所が一斉に休める事例を紹介しています。
これはスタッフだけでなく使用者も一緒に少し休んで下さい、という主旨でもあるので、この機会に労使で一緒に考えてみてはいかがでしょうか。

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