先日、R先生から「長年、頼りにしていたスタッフが家庭の事情で退職することになり、それは仕方ないのですが、その際、“未払残業代”を請求されました。残業代は1分単位できちんと払っていたつもりなのですが、そうではなく、それは、私が勤務時間外に送っていたLINE対応の時間で、トーク履歴をテキストで持ってきたのです。確かに、勤務時間外や休日に送るのは申し訳ないと思いつつも、気軽に使えるツールで、彼女はレスポンスも早く、また、頼りになるので院内では出来ない相談も入れたりしていましたので…。これは払わなければいけないのでしょうか?」というご相談がありました。
確かに、R先生に限らず、便利なツールとしてLINEを業務で使われている先生方は多いですし、気軽な余りに、ついつい、何か思い付いたら勤務時間外や休日にまで連絡してしまっているという先生も多いのではないでしょうか。
しかし、この行為が「優越的な関係を背景」にして「業務上必要かつ相当な範囲を超える」ためにパワハラに該当する、いつ連絡があるか分からない状態は、働き方改革関連法案で定められた企業の努力義務である「勤務間インターバル制度」に反する、また、勤務時間の線引きが不明確となり、従業員に多大なストレスをもたらす等の理由から『つながらない権利』なるものが登場し、まだ、日本では法制化されていないものの、諸外国では既に法制化が進んでいます。
そこで、今号では、この「つながらない権利」とは何なのか、また、R先生は、このスタッフの申し出通り残業代を払わなければいけないのか等につき、整理してお届けさせて頂きます。
【最近、世間で喧しい『つながらない権利』とは…?】
まず、この「つながらない権利」とはどのような権利なのかということですが、一言で申しますと、『勤務時間外に仕事上のメールや電話対応を労働者が拒否する権利』のことです。 これは、情報通信技術の急速な発達と普及により、いつでも仕事の連絡ができてしまうことから、従業員が心身ともに休めず、オン・オフの切り替えが困難となり、多大なストレスを抱える、また、働き方改革により、AIやデジタルツールを駆使した業務効率化が推奨される一方で、その際限のない使い方による弊害から、このような権利が生まれたのです。
そして、本来、「勤務時間外は労働義務がない」という原則を改めて周知するため世界で法制化が進んでいます。
尚、諸外国で法制化されている内容は下記の通りです。
□ フランス(2026年) → 従業員50人以上の企業に労使協定を義務化 □ イタリア(2017年) → 雇用契約に「つながらない権利」の明記を義務化 □ フィリピン(2017年)→ 時間外の連絡に対応しなくても良い法令を制定 (勤務時間外のメールを無視しても懲罰対象外) □ ポルトガル(2021年)→ 就業時間外の連絡を原則禁止(違反は罰金) □ オーストラリア(2024年)→ 労働者の「連絡遮断権」を制定(違反は罰金) |
また、日本でも2021年に厚生労働省がガイドラインで、長時間労働対策として「業務時間外にメールを送付することの抑制」「所定外深夜・休日は社内システムのアクセス制限の設定」が望ましい取り組みであると明示されていることから、今後、法制化は進むと考えられます。
【それでは、今回の申し出に対してR先生は払うべきか】
まだ、法制化されていないので、現行法に基づいて判断すると、その基準は「指示命令」か否かということになります。例えば、「調べて欲しい」とか「作って欲しい」という類であれば、明確な「指示」であり、その納期が定められていなくても、その対応を勤務時間外に求められている場合、「労働時間」とみなされる可能性が高いですが、「どう思う?」という意見を求められるような場合、送信側は「会話の延長」というニュアンスのことが多く、これを次の勤務時間まで放置するのは現実的ではありません(スルーする人もいますが…)。
よって、一通りやり取りが続くことが多いと思われますが、これも「対応時間=労働時間」とされる可能性は高いです。そうではなく、シフトの件や急用等、次の勤務における業務遂行に必要な連絡へ対応する時間は、直ちに労働時間とは言い切れないとのことですが、基本、よっぽどのことがない限り連絡しないという取り決めをしておく方が良いでしょう。
今回、R先生も、トーク履歴を確認し、いかに自分が時間外に多くのLINEを送っていたのかが分かり、そのスタッフに謝罪したところ、残業代の請求を取り下げてくれました。
要は、他のスタッフも時間外のLINEで困っていることを言いたかっただけのようで、今回は事なきを得ましたが、今後、起こり得る話ですので、今号は是非ご参考にして下さい。