先日、Sクリニックの院長から、『当院の昇給月は4月で、昨年はコロナ禍で業績が悪化したため「昇給」を見送り、それに対して誰も何も言いませんでした。しかし今年は、コロナ禍の前に近い状態の忙しさに戻っており、昇給はしようと思っていたので、それをスタッフに伝えると、喜ぶどころか、「今回の昇給は、昨年、昇給を据え置いた分も含めてお願いします!」と言われてしまいました…。これは、その通りにしなければいけないのでしょうか?』というご相談を頂きました。
Sクリニックさんでは、昇給の制度として、院長の評価で上げる「査定昇給」と、1年間、働いてくれたことによる感謝を表す意味で、毎年、一定の金額を上げる「自動昇給」を併用しており、今回、昨年見送られた「自動昇給」部分について、昨年分と今年分の2年分のアップを求めてきたのです。
確かに、業績は回復基調にありますが、まだ、コロナ禍前に完全に戻った訳ではありませんし、ワクチン接種が普及すれば落ち着くとは思うものの、オリンピックの開催もあり、まだ予断を許さない状況が続くかも知れないので、現時点で、全員2年分アップするのは非常に厳しいところです。
今回、Sクリニックさんでは、スタッフさんの言う通り2年分の昇給をしなければいけないのでしょうか?何とか1年分で済ませることは出来ないのでしょうか?
【過去の記事にも書きましたが…、まず「約束事」の確認を】
まず、Sクリニックさんの「就業規則」にある昇給の条文を確認したところ、下記の内容が定められていました(↓)。
第93条(給与の改訂)
職員の昇降給は、年に1回、定期的に行う。昇降給については、医院の「業績低下」及び「天変地異」、その他「社会情勢」等のやむを得ない事由又は個人の能力によって変更することがある。 |
つまり、昇給は年に1回行い、「医院業績」や「社会情勢」等のやむを得ない事由があるときには「変更することがある」ということなのですが、「停止することがある」とは記されていませんでした。また、「査定昇給」や「自動昇給」という昇給制度の詳細は、就業規則作成後に設けた制度であったため、就業規則には反映されていませんでした。
次に、必ず「昇給の有無」が絶対的明示事項となっている「労働条件通知書」を確認したところ、「賃金の改訂」欄に次項の内容が記載されていました(↓)。
賃金の改訂 原則、年に1回行う。但し、諸事情・実績を勘案した上で決定するものとし、改訂されない場合もあり得る。 |
これによると、年に1回行う改訂は「原則」であり、諸事情を勘案した結果、改訂されない場合、つまり、停止する場合もあり得ると明確に記載されていました。
「就業規則」と「労働条件通知書」の文言が違うのです。
【「就業規則」と「労働条件通知書」が違う場合は…?】
もし、今回のように両者が違う場合、法的には「就業規則」が優先され、「労働条件通知書」の内容の方が“労働者有利”な場合はこちらが優先されるとされています。
Sクリニックさんでは、どちらも似たような文言ではあるものの、表現的には「改訂されない場合がある」より「変更することがある」という文言を使っている「就業規則」を使い、この「変更」とは「停止も含む」旨で説明することにしました。
【最後は、院長の「誠意」が通じた結果となりました!】
院長は、件のスタッフさんと面談し、まずは、彼女の言い分を聞きました。その言い分とは以下の通りです(↓)。
□ 自動昇給部分は1年間働くことでもらえる権利
□ 昨年、感染リスクを冒して1年間働いたことは事実 □ よって、今回(今年)、この分は反映するべき |
これに対して、院長は以下の内容で答えました(↓)。
□ 昇給の可否は1年単位の判断であること
□ 就業規則の「変更」は「停止も含む」こと □ 元来、自動も含めた昇給は「業績ありき」であること (今回、業績が戻ってきたので昇給を検討している) |
そして最後に、リスクを冒して働き続けてくれたのに、昨年、昇給も出来ず、賞与も少なかったことから、まだ、本調子ではないものの皆さんのおかげで業績も回復してきたので少しでも還元したいと思っていること等、普段、余り言えなかった「感謝の意」を伝えたところ、あっさり納得してくれました。
結局、このスタッフは、院長は全くそんなつもりは無かったのですが、「コロナでも出勤して当然」・「大変だから昇給なくて当然」・「賞与も少なくて当然」という姿勢に我慢ならず、今回のような要求をしてしまった…ということだったようです。