財務・税務戦略

インボイス制度-“経過措置”と“関係事業者取引への影響”

財務VOL.152

今号では、インボイス制度施行後の「免税事業者等からの課税入れに係る経過措置」と、「関係事業者取引への影響」について解説していきます。

1.免税事業者等からの課税仕入れに係る経過措置
インボイス制度施行後、免税事業者の市場からの排斥が懸念されている、という点についてこれまで解説してきました。
これは、仕入・経費に係る消費税を納税額から控除するために必須となるインボイスを免税事業者が交付できないためで、医療機関の場合、特に健康診断や予防接種、産業医報酬などの企業向けの売上があり、課税売上(消費税の係る売上)が1,000万円以下のため消費税の納税義務が発生していない医院への影響が考えられます。

とはいえ、制度開始となる令和5年10月1日以降、いきなり免税事業者(=インボイスを発行できない事業者)との取引に係る仕入・経費について消費税が全額控除できなくなるわけではありません。

施行後の急激な変化による影響を緩和するため、インボイスの発行を伴わない仕入・経費であっても、その消費税の控除について次のような段階的な経過措置が執られることとなっています。

令和5年10月1日から令和8年9月30日まで
⇒仕入・経費に係る消費税の80%まで控除可能

令和8年10月1日から令和11年9月30日まで
⇒仕入・経費に係る消費税の50%まで控除可能

改正法施行後最初の3年間は、インボイス発行の伴わない取引であっても80%の控除が認められますので、取引先の変更をしなくても消費税が控除できない(=消費税納付額が増える)影響は最小限に抑えられる点は頭に入れておいて下さい。

2.関係事業者(同族)間取引に係る影響について
次に「医療法人の理事長個人」や「同族関連法人」との取引においてインボイス制度が及ぼし得る影響について解説します。

(1)MS法人との取引
医療機関の中には、別法人(以下「MS法人」)を設立しており、その法人との取引で家賃等を支払ったり、業務の一部を委託したりしているケースがあると思います。こうしたMS法人に対する家賃支払いや業務委託料等の取引は消費税の係る経費であるため、原則課税(売上に係る消費税から、仕入・経費に係る消費税を控除して納付税額を計算する方法)を採用している場合、MS法人からもインボイスの交付を受ける必要性が生じてきます(但し、医院本体が消費税取引において免税事業者又は簡易課税制度適用の場合は除く)。

もし、MS法人が消費税の課税売上が1,000万円以下で免税事業者となっている場合、新たに「課税事業者を選択する」ことによって消費税を納税する事業者とならなければインボイスを交付できず、医院本体が支払う業務委託料に係る消費税を納付税額から控除できないこととなります。

(2)理事長個人から診療所を賃借している場合
上述のMS法人と同様の事例として、医療法人の理事長が個人で所有する診療所建物を医療法人に賃貸しているケースがあります。この場合、理事長個人は免税事業者であることが多いので、法人側でその地代家賃に係る消費税を控除するためには、貸主である理事長個人が消費税の課税事業者となる必要があります。

(3)関係事業者が課税事業者となるべきかの判断
ここでは上記(1)、(2)のような場合、MS法人や理事長個人(以下「関係事業者」)は、インボイス制度の影響を回避するために、新たに「課税事業者」を選択し「インボイスを発行する事業者」となるべきなのかどうか?につき、検証したいと思います。

繰り返しになりますが、この検証を行うに際し“前提条件”となるのは医院本体消費税の課税事業者であって「原則課税方式(※1)」で消費税を納税しているケースであり、自由診療収入が多額で売上に占める割合が高い審美・矯正歯科や美容外科、予防接種の収入が多い小児科や内科等が該当してくるでしょう。自由診療収入がそれほど大きくなく、特例措置である「簡易課税制度(※2)」を採用している場合は、そもそもインボイス制度による不利益はありません。

(※1)売上で預かった消費税から仕入・経費で支払った消費税を控除して納付額を計算する方式

(※2)売上で預かった消費税に、その売上の性質によって一定の控除率(みなし仕入率)を乗じた金額を差し引いて納付額を計算する方式(仕入・経費に係る消費税を集計する必要がない)

判断基準となるポイントは下記の①②のいずれが大きいかです。

医院本体側でインボイスの交付を受けられず、結果、控除できないことにより増加する納付消費税額

関係事業者側で課税事業者(インンボイス登録事業者)となることで、あらたに納付すべき消費税額

理事長個人へ家賃を年間880万円(税込)支払うケースで比較をしてみます(理事長個人は同家賃以外の不動産収入無し)。

医院本体側の上記①の計算

 消費税80万円×50%(課税売上割合※3)=40万円

 なお、当初3年の経過措置期間であれば8万円(上記の20%)

(※3)課税売上割合とは、総売上(保険収入+自費収入等)に占める自費収入等の割合です。消費税が非課税となる保険収入がある医療機関はもともと消費税の処理が特殊で、仕入・経費に係る消費税の全額を控除できない(課税売上割合を乗じた金額のみ)ため、このような計算となります。

関係事業者側の上記②の計算

消費税80万円×(1-40%*)=48万円
* 不動産業の簡易課税みなし仕入率

この結果、①40万円(8万円)<②48万円となり、理事長個人からインボイスの発行を受けないことで被る医院本体側の不利益より、関係事業者側で新たに生じる納税義務による不利益の方が大きい、すなわち理事長個人で課税事業者を選択することのデメリットの方が大きいことになります。

なお、上記の検証結果は自院の「課税売上割合」の状況によって判断が変わってくる(課税売上割合が高い方が影響を受ける)ということが言えます。ただ、少なくとも経過措置期間は影響が緩和されるため、特段何らかの対応をする必要は無いと考えて良いでしょう。

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