「賃上げ促進税制」~改正内容の再確認

VOL.184

人件費が増加した場合の「賃上げ促進税制」による税額控除について、大きな改正があったことは以前お伝えした通りですが、その適用が令和6年4月開始事業年度から始まっていますので、今回は改めてその詳細について解説してまいります。

1.制度概要と改正時期
中小企業向け「賃上げ促進税制」とは、中小企業(出資金1億円以下又は出資金のない従業員数1,000人以下の法人、または従業員数1,000人以下の個人事業主給与支給額が前年より増加(役員報酬や役員親族の給与は除く)した場合に、その増加額に一定の割合を乗じた金額を法人税(個人は所得税)から税額控除できる制度で、増加率1.5%以上であれば増加額の15%2.5%以上であれば30%法人税・所得税から控除することができます。
この制度について、法人は令和7年3月期以降個人事業主は令和7年分確定申告より、以下の改正が適用されることとなります。

 2.教育訓練費の上乗せ要件の緩和 

(1)教育訓練費とは
雇用者(=役員は除く)の職務に必要な技術や知識の習得のために支出する費用の額で、以下のようなものを指します。

・研修参加費、セミナー受講料

・招聘した外部講師等に支払う報酬等(交通費含む)

・教育訓練のための施設、備品等の利用料

※教材の購入費は対象外(研修等で配布されるものは除く)

(2)改正内容
教育訓練費が前年度より増加した場合、前述の控除率(15%又は30%)が10%上乗せされるのですが、その判定に用いる前年からの増加率の要件が10%以上→5%以上に引き下げられました。
ただ、同時に教育訓練費の額がその年度の給与額の0.05%以上という新要件も追加されるのですが、仮に給与等が1億円の場合でも5万円程度の話ですので、特に適用に影響する話ではないでしょう。

適用を受けるには、年月(日は任意)実施内容受講者の氏名支払額を記載した教育訓練費の明細書を作成し、その証憑(領収書の写し等)を添付して保存しなければなりません(税務署への提出は不要)。
前年度との比較が必要ですので、前年と適用年度の2年分の作成が必要となります(ただし前年が0円でも適用は可能)。

3.女性活躍・子育て支援の上乗せ措置
えるぼし認定」「くるみん認定」を取得した場合に、税額控除の率が5%上乗せされます(教育訓練費と併用可能)。

(1)「えるぼし」と 「くるみん」
「えるぼし」は企業での女性の活躍「くるみん」は仕事と子育ての両立を目的とした制度で、それぞれ「女性活躍推進法」と「次世代育成支援対策推進法」に基づき、一般事業主行動計画を策定し、その取組状況が優良である、又は目標達成など、一定の要件を満たした場合厚生労働大臣の認定を受けることができる制度です。

なお、各認定には段階があり、上乗せの対象となるのは、「えるぼし」は“2段階目以上”、くるみんは“くるみん認定以上”となります。
ただし、実際の適用には容易でないハードルがあり、該当する医院は少数と思われるため、今回は詳細を省かせていただきます。認定を受けている、認定を受ける予定がある、という医療機関様については、適用が可能か弊社にお問合せいただければと思います。
なお、これにより、控除率が最大45%に拡大しています。(賃上げ分30%+教育訓練費10%+えるぼし・くるみん5%)

4.5年間の繰越しが可能に
人件費は前年度より増加しているものの、事業が赤字で法人税・所得税の納税がない場合、又は限度額計算(法人税又は所得税の20%が上限)に引っかかり控除可能額の全額を控除しきれなかった場合に、その控除しきれなかった金額を翌年度以降5年間繰り越すことが可能になりました。

仮に給与等の増加額が500万円、賃上げの控除額が30%の150万円、法人税が300万円だったとすると、法人税300万円×20%の60万円が控除できる上限となりますから、150万円-60万円で90万円が翌年度以降に繰り越されることになります。
適用には、控除しきれない額が生じた事業年度及び翌年度以後の繰越しを行う各事業年度確定申告書「繰越税額控除限度超過額の明細書」の添付及び、申告書への繰越額の記載とその金額の計算明細の添付が必要です。

なお、繰越した控除額を使うには、当然ですが、その年度が黒字であること、また、その年度が直前の年度より給与等が増加していることが要件となります。
ただし、「繰越控除」は「その年度の賃上げ促進税制」とは別枠なので、冒頭の1.5%増加要件を満たす必要はなく前年度より1円でも増加していれば、その年度の法人税の20%を上限として、控除することができます(その年度に賃上げ促進税制の適用がなくても、繰越部分だけ控除が可能ということです)。

また、繰越額には前述の教育訓練費及び、えるぼし認定・くるみん認定の上乗せ分(各10%、5%)も含まれます。
なので、せっかく従業員に前年を上回る金額の研修を実施したのに最終的に赤字だったという場合でも、5年間は繰越控除のチャンスがあるわけです。

ただ、少々ややこしいですが、「繰越しの発生」については、その年度が賃上げ促進税制の適用要件を満たしていることが前提となります。つまり、給与等は増えてないが研修費だけ増えたえるぼし・くるみんの認定だけ受けた、というような上乗せ要件だけ満たした年度については、その上乗せ部分だけ繰り越し、とはならないということです。

最後に、改正の内容をまとめると、次の通りです。

教育訓練費の増加率要件が10%→5%に引き下げ(ただし教育訓練費が給与額の0.05%以上であること)

一定以上のえるぼし、くるみん認定を受けると控除率が5%上乗せ

赤字又は上限に達したため控除しきれなかった控除額が5年間繰り越し可能に(上乗せ分も含む)

いかがでしょうか。賃上げ促進税制は非常に大きな税額軽減の効果があります。人件費の増加が進む現在では、押さえておかねばならない制度といえるでしょう。

PDFダウンロード