財務・税務戦略

「インボイス制度」 の“医療機関への影響”について

財務VOL.150

前号において令和5年10月より導入されるインボイス制度の概要について総論を説明させて頂きました。今号では、前号からの続きとして、本制度の導入が医療機関にどのように影響してくるのかについて解説していきます。

1.医療機関にとってのインボイス制度
ご存じの通り、医療機関の収入の多くを占める保険診療収入は、消費税のかからない非課税売上となっております。そのため、医療機関は他業種に比べて免税事業者の割合が多い(原則として消費税の係る売上が年間1,000万円以下)傾向にあります。

ここで医療機関における消費税の課税対象となる主な収入を確認してみましょう。

  • 内科小児科等健康診断予防接種産業医報酬
  • 皮膚科形成外科美容外科関連の各種施術やサプリメント等の販売
  • 歯科インプラント矯正等の各種自由診療収入や歯ブラシ等の物品販売
  • 整形外科等の交通事故に関連する文書料データ提供料

などが挙げられます。

これらの収入が大きい医院は消費税の「課税事業者」(消費税を納付する事業者)となっておられるところも多いのではないでしょうか。

 さて、肝心の影響についてですが、まず抑えておかねばならないのは、インボイス制度の影響を受けるのは取引相手が消費税の納税義務がある「事業者」である取引のみに限られるということです。

前号で解説いたしましたが、インボイス(適格請求書)とは、事業者間の取引において売り手が買い手に適正な消費税額や税率を伝えるための書類であり、買い手が「仕入・経費等で支払った消費税」を売上で預かった消費税から差し引くために必ず必要となる証明書類です。医療機関にとって圧倒的多数の取引先は消費税の申告・納税義務のない、「個人の患者」です。個人の患者に対してはそもそもインボイスを発行する必要性はない、ということです。

以上のことから、そもそもの業種の特性として医療機関はインボイス制度の影響を受けにくいと言うことができます。とはいえ上述の通り、取引先が事業者である取引、つまり企業個人事業主相手の取引では通常、インボイスの発行を求められることは避けられないでしょう。

具体的には、以下のような取引です。

  • 企業の従業員向け健康診断予防接種等
  • 産業医報酬(医師個人が給与として受け取るものを除く)
  • 保険会社等への文書料データ提供料等
  • 製薬会社等への治験収入等

事業者との間でこれらの取引がある場合、一般企業同様、インボイスを発行できるか否かが「取引先としての選別要因」になってしまう可能性が十分考えられます。

2.検討すべき対応方法
以上のことを踏まえると、インボイス制度開始に際して課税売上のある医療機関がとるべき対応方法、検討事項は次のようになります。

(1)事業者に対する課税売上がない場合
→そもそもインボイス制度への対応は不要

(2)事業者に対する課税売上があり既に「課税事業者」の場合
→国税庁に登録申請を行い、インボイスを発行する

(3)事業者に対する課税売上はあるが、「免税事業者」の場合
①自ら「課税事業者」を選択し(消費税の納税義務者になる)国税庁に登録申請を行い、インボイスを発行する
②「免税事業者」の状態を継続し、インボイスを発行しない(課税事業者でないため発行できない)

(2)及び(3)①の場合、取引先側からすると、インボイスが発行され、仕入・経費等に係る消費税を控除することが担保できるため、これまで通りの取引が継続されることになろうかと思いますが(3)の②の場合は、取引事業者にとっては、結果として控除できない消費税分が損失となるため、損失相当額の値引きの要求、あるいは取引を停止される可能性が生じることが想定されます。

制度導入まではまだ2年ほどありますので、取引先から上記内容の確認があるのは、もう少し先になろうかと思いますが、「免税事業者」は下記の内容を検討し、総合的に判断しておく必要があるでしょう。

  • あらたに「課税事業者」を選択した場合、発生する消費税負担額(納付額)はどれくらいになるのか
  • 「課税事業者」を選択しない場合、取引先において負担増となる消費税相当額を値引きした場合、その負担額はどれくらいになるか
  • 消費税相当額の値引き要請に応じない場合、どれほどの取引消失が想定されるか

3.買手としての医療機関
次に、買い手の立場からインボイス制度の影響を考えていきましょう

すなわち、こちらサイドが上記2の最後に説明した取引先になる場合です(逆の立場)。

自院が消費税の「課税事業者」である場合には、仕入・経費等で支払った消費税が納税額から引けるかどうかが重要になってきます。

取引先が大企業、中堅企業であれば問題ありませんが、個人商店などの小規模な取引先である場合には、事前にインボイスを発行できる事業者かどうかの確認を行っておく必要があるでしょう。

また、個人オーナーや小規模事業者からテナント駐車場を借りている不動産賃借取引についても同様の確認が必要です。

もし取引先がインボイスを発行できないとなった場合には新たな取引先の選定が必要となるかもしれません。また、不動産賃借取引のように取引先の変更が困難な場合には、先方との値引き交渉も視野に入れる必要があるでしょう。

取引先からインボイスを発行してもらえなくても、消費税の計算に影響がない場合もあります。それは「簡易課税制度※1」を適用している場合です。

簡易課税制度は、売上にかかる消費税のうち、その種類ごとに定められた割合(診療収入:50%、サプリなどの物販:20%など)が納税額となる仕組みなので、仕入の消費税が計算に影響しないのです

実際、課税事業者である医院では多く採用されています。

ただし、この簡易課税制度、インボイス制度の導入にあわせて縮小・廃止の動きもあるようですので、今後の動きを注視する必要があるでしょう。

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