「配偶者居住権」はご存知でしょうか?
これは、相続後の配偶者の居住権保護のために令和2年4月1日に創設された民法上の権利ですが、認知度は然程高くありません。
本レポートでは前後編に分け、前編では制度の概要、後編では税法上の取扱いなどについて解説して参ります。
1.配偶者居住権
「配偶者居住権」とは、夫婦の一方が亡くなった場合に同居していた配偶者がその亡くなった人(以下「被相続人」)の所有していた建物に一生涯(もしくは一定期間)無償で居住することができる権利です。
この制度のメリットは大きく分けて次の3つです。
- 配偶者の住まいが確保できる
- 配偶者の相続後の生活資金がより多く確保できる
- 節税効果
今号ではまず①・②についてみていきます。
2.配偶者の住まいの確保
まず初めに、そもそもの制度誕生の経緯についてです。
相続発生後、被相続人の配偶者が被相続人の所有していた家に住み続けるには、配偶者自身が家を取得する、もしくは新たな取得者(子など)に住まわせてもらう必要があります。
相続人同士の仲が良好であれば問題ありませんが、現実的には、
・相続人同士の仲が悪い
・前妻の子(又は内縁妻の子)が相続権を主張してくる
場合も多々あり、配偶者が住み慣れた自宅から追い出されてしまうおそれがあります。
特に後者については、平成25年9月に、最高裁が婚外子(内縁妻との子)の相続割合が婚内子と異なるのは違憲である(それまでは婚内子の1/2)との判決を出したことで、婚外子に配偶者が自宅から追い出されるリスクが生じており、これが制度創設の発端となりました。
そこで、上記のような場合に、配偶者の住む権利の保護のために創設されたのが「配偶者居住権」です。
なお、あくまで権利の設定は任意ですので、必要のない場合は設定しなくて構いません。
(1)成立要件
配偶者居住権の成立要件は次の通りです。
- 法律上の配偶者であること
- 被相続人が亡くなった際に、配偶者が居住していたこと
- 遺産分割(相続人同士の話し合い)、遺贈(遺言書)、死因贈与(死亡をトリガーとした贈与)、家庭裁判所の審判のいずれかにより配偶者居住権を取得したこと
ただし、事実婚(内縁の妻)は対象となりません。また、被相続人が亡くなった際に、老人ホームや介護施設に居住していた場合には権利は得られません。
逆に、権利成立後に施設等に入った場合は、権利は消滅せず持ち続けることが可能です。
相続人同士の話し合いがまとまらず、家庭裁判所の審判を受けることとなった場合、「配偶者居住権を取得させる必要性」と「新たな取得者の被る不利益」を比べて総合的に判断することとなります。配偶者が生涯住み続ける権利を認めることにより、取得者が大きな不利益を被る場合があるためです(売却が困難など)。
ケースバイケースなので具体的な判断基準などはありませんが、相続財産全体のバランスを鑑み、取得者の不利益を考慮してもなお、配偶者の生活維持のためには自宅に住む権利が必要である、と認められる場合には配偶者居住権が成立するようです。
(2)存続期間
配偶者居住権の存続期間は基本的に配偶者が亡くなるまでで、遺産分割協議や遺言書により期間を定めることも可能です。また、期間中に放棄することもできますが、放棄した場合には配偶者から、建物の所得者に対して「配偶者居住権の贈与」があったものとみなされ贈与税が課されます。
さらに、放棄にあたり所得者から配偶者へ対価の支払いがあった場合には「譲渡所得扱い」となり、配偶者に所得税が課されますのでご注意ください。
(3)配偶者“短期”居住権
配偶者居住権が効力を得るのは遺産分割協議などがまとまった後(遺産分割協議書の作成後)なので、相続開始時から分割協議等が終わるまでの間は、「配偶者“短期”居住権」という権利により無償で自宅に住み続けることが認められています。遺言書がなければ分割協議か家庭裁判所の審判が終わるまで、遺言書により他の相続人が取得した場合でも、その取得者が権利消滅の申し入れをしてから6ヶ月間は無償で住み続けることができます。
3.生活資金の確保
次に配偶者の相続後の生活資金の確保についてです。
不動産は相続財産に占める割合が非常に大きく、令和元年の相続税の申告実績では、実に4割が不動産となっています。
相続財産に自宅が含まれる場合、配偶者が自宅と一部の金融資産を、子は残りの金融資産を相続する、というパターンが多かったのですが、長寿化が進んだ現代では、被相続人が亡くなったあとに配偶者が相続財産を原資として生活する期間も長期化しており、配偶者の相続後の生活資金の確保が課題となっています。
遺産分割の際、ご自宅の土地建物の全てを配偶者の取得としてしまうと、当然ながら、その分配偶者の金融資産の取り分は減ってしまいます。
そこで、自宅に「配偶者居住権」を設定し、土地建物の所有権は子に、配偶者は居住権だけを取得することにより、配偶者の取得財産に占める金融資産の割合を増やし相続後の生活資金をより多く確保することができるようになるのです。
また、配偶者が居住権を取得すれば、所有者に対して賃料の支払いをする必要がなくなるため、関係が良好でない相続人や前妻や婚外子に建物の所有権を取られた場合でも、生涯にわたり無償で自宅に居住し続けることができます。
その他、税法上の取扱いや節税効果の他、制度上のデメリット等につきましては、次号に詳説を予定しております。