今回、過去最大の上げ幅となった最低賃金改定ですが、いわゆる“年収の壁”により今まで以上にスタッフが就業調整を行うことで人手不足という本末転倒な結果も招いてしまっています。そこで厚生労働省は、9月27日に「“年収の壁”支援強化パッケージ」を発表、賃上げと同じ10月より実施をしています。
今号では、このパッケージの内容について解説をしてまいります。
1.年収の壁
“年収の壁”にはいくつかの種類がありますが、今回のパッケージの対象となっているのは次の3つです(※社会保険の被保険者数、以下同じ)。
①106万円 (101人以上※の医院で社会保険の加入義務)
②130万円 (100人以下※の医院で社会保険の加入義務)
③家族手当(金額は企業ごとに基準が異なるため割愛)
2.106万円の壁 【キャリアアップ助成金】
医院のスタッフの中には、ご主人の社会保険の扶養に入られている方も多いかと思います。現状、社会保険への加入義務が生じる年収については、医院の規模により次の2つに分かれており、それぞれ基準となる年収を超えるとご主人の社会保険の扶養から外れ、自身の務める医院の社会保険、もしくは個人で国民健康保険に加入しなければなりません(所定労働時間等の要件は省略します)。
①従業員101人以上 ・・・年収約106万円(月収88,000円)
②従業員100人以下 ・・・年収130万円
社会保険は、年収に応じて固定額が負担となるため、基準を少しだけ超えた場合などは手取りが目減りしてしまうことがあります。そこで、次のような措置がとられることとなりました。
【キャリアアップ助成金】
従業員数101人以上の医院で、年収が106万円を超えたことにより、社会保険への加入義務が生じた場合について、「キャリアアップ助成金」の支給を受けられるコースが新設されました。
これは、スタッフが社会保険加入に伴い手取り収入を減らさないように、医院が「社会保険適用促進手当」を支給した場合、1人当たり50万円(3年間で)まで助成金が支給される制度です。
この手当については、本人負担の社会保険料相当額を上限として、社会保険料の算定基礎の対象にはなりません。適用申請には労働局へのキャリアアップ計画書の提出が必要となります。
ただ、新聞報道等によると、過去に同様の理由により負担を負った従業員との不公平感から制度の利用に二の足を踏む事業所も多いようです。
3.130万円の壁 【事業主の証明書】
次に130万円を超えた場合についてです。繁忙期の残業などで一時的に収入が増えてしまったことで、年収が130万円を超えた場合、医院の発行する、「被扶養者の収入確認にあたっての一時的な収入変動に係る事業主の証明書」を提出すれば、引き続きご主人の扶養のままでいられる措置がとられました。
本証明書の主な記載内容は、次の通りです。
- 雇用契約等により本来想定される年間収入
- 人手不足による労働時間延長等が行われた期間
- 上記期間における当事業所での労働による収入(実績額)
なお、実際に想定されるケースとして、次のような例が挙げられています。
- 他の従業員の退職、休職による業務量増加
- 突発的な大口案件や、業績が好調だったことによる業務量増加
ご覧の通り、あくまで想定外の事由による労働時間増加による増収を対象としており、元々の雇用契約において本来想定される年収が130万円未満であることが大前提です。そのため、基本給の増額や新たな手当の支給などが原因で収入が増加した場合には、本措置の適用を受けることはできません
なので、あくまで従前から慣習的に行われてきた臨時の増収への対応について、ある程度の形式化に強制力を持たせた程度の規定と考えるべきでしょう。協会けんぽや健保組合等に対しても一定の効力はあるかと思いますが、具体的な対応については実際に提出してみないとわかりません(本証明書は、ご主人の勤め先を通じ、協会けんぽ又は各健保組合等に提出されることになります)。
提出時期は協会や組合等によりますが主に次の3つが想定されます。
(1) 毎年11月の資格確認
(2) その年の通算の収入が130万円を超えたとき
(3) 毎月の給与が130万円の1/12(108,334円)を超えたとき
それぞれ通常の提出書類に加えて当該証明書を提出することになります((2)(3)の場合は、どの期間について証明が必要か協会や組合等にご相談の上でご提出ください)。
証明書のフォーマットについては厚生労働省がHPで公表していますので、そちらをご利用ください。提出に際しては、雇用契約書等の添付を求められる場合があります。
なお、同一の者が本措置を適用できるのは連続2回が限度です(基本的に年1回なので連続2年とお考えください。また制度自体も令和7年まで2年間の時限措置となっています)。
本措置は今年10月20日以降の収入確認について適用されます。
4.配偶者(家族)手当の収入制限
最後となりましたが、「配偶者(家族)手当」の収入制限についても、一応の対策がとられています。
「配偶者手当」制度がある企業の多くで「配偶者の収入制限」が条件として設定されているのはご承知の通りですが、令和4年の人事院の調査によると、家族手当制度のある企業が設けている配偶者の収入制限の額のうち、約47%が103万円を基準としており、130万円が34%、150万円が7%と続きます。
そのため、「103万円」や「130万円」を就業調整の目安にされておられる方が非常に多く見受けられます。
これに対し、厚労省では、
* 配偶者手当が就業調整の一因となっていること、また、配偶者手当制度を廃止・縮小し、基本給の増額や子供の手当への変更を行っている企業が増えていること等を説明するセミナーを開催
* 企業に見直しの手順のフローチャートを公開(厚労省HP)
* 中小企業団体などを通じて見直しの必要性を周知
などを行うとしていますが、特に努力義務等でもないため、実効性は不透明です(一方的な手当廃止や少額な代替手当への変更は不利益変更の問題も生じますので、労使間の調整も難航が予想されます)。
とはいえ、ひとまずスタッフの方のご主人の勤め先の基準に変更がないかどうか、一度ご確認いただいた方がよいのは確かでしょう。
令和7年には社会保険制度の大改正が予定されており(すべての労働者を社会保険の加入対象にする等、大幅な負担増が予想されるとの噂も)、今後の動きが注目されます。