労務・人材活性化

スタッフに『言いにくいこと』を伝えるには…?

経営VOL.155

先日、クライアントであるM先生から、『今年の昇給についてですが…、回復しつつあった売上も、ここ最近の感染拡大によって影響が出始めています。世間では、今回は早期に収束すると言われていますが、日に日に感染拡大しているので、正直、この先が見通せません。このような状況でも昇給はした方が良いでしょうか。』というご相談がありました。
まず、前提として、M先生のクリニックでは、給与の改定(昇降給)について就業規則で以下の通りに定めています。

(賃金の改定)
賃金の改定については、毎年1回4月に行い、医院の業績及び、社会情勢等のやむを得ない事由又は本人の技能、職務遂行能力、勤務態度等を勘案し決定するものとする。

つまり、昇給を約束している訳ではなく、改定についての事由も明確ですので、「今回はコロナの影響で業績が悪いので昇給は見送ります。」と伝えても問題ないと思われるのですが…、そうではなく、M先生が相談したいこととは、「それで良いのか?」、要は、就業規則に基づいた「正論」を伝えることが経営者として「正解」なのか、ということだったのです。

今回の第6波は「重症化しにくい」といわれ、早期に収束すると言われているものの、やはり、感染してしまうと「待機期間」「家族感染」等、色々なリスク・制約が発生します。そのリスクを冒してスタッフの皆さんは勤務してくれていますし、これに経営者として何か報いなければいけないのではないか、就業規則で決まっているという理由だけで昇給を見送って良いのかと、日々、釈然としない気持ちだったそうです。

確かに、業績が悪化しているのは、見た目にもスタッフの皆さんも分かっていることですし、就業規則に記載されているかどうかを確かめるまでもなく「今回の昇給は厳しいかも知れない」と、半ば諦めているスタッフさんもいるかも知れません。
しかし、だからといって、「就業規則にも書いている通り、業績がこんな状態だから昇給はなしです!」と、当然のように言い放たれてしまうと、日々、感染リスクに怯えながら一生懸命働いているスタッフからすれば、『頭では理解はできるが感情的に納得できない』という心理状態になってしまいます。
『人は感情の動物である』と昔からいわれ、『感情は理の三倍』ということわざもあるぐらいですので、せっかく良いことを言ったとしても、その言い方や伝え方によっては、「確かに言う通りかも知れないが…、そういう言い方をされると腹が立つ!」と相手が思ってしまうことがよくあるのです。

【『ありがとう』の反対語は『あたりまえ』であることを理解する】
ご存知の先生方も多いと思いますが、「ありがとう」という言葉は漢字で表記すると「有難う」、つまり、「有り」「難い」=滅多にないことなので「ありがたい」という感謝の気持ちが「ありがとう」という言葉で表現されているものです。
翻って、この「ありがとう」の反対語は「あたりまえ(当然)」で、何があっても「あたりまえ」、生きているのも健康なのも「あたりまえ」…、この考え方が根幹にあると、何があっても感謝の気持ちが湧く、「スタッフは(給料を払っているのだから)働いてあたりまえ」であり、業績が悪く、就業規則にも謳っていることだから「昇給しなくてもあたりまえ」となってしまいます。
今回、少なくともM先生は、昇給しないことを「あたりまえ」とは思っていないために釈然としなかった訳ですが、だからといって“無い袖”は振れません。ではどうすれば良いでしょうか。

【「経営者」と「スタッフ」といえど「人」と「人」…最後は「心」】
今回、M先生は、「今はまだ2月で昇給時期の4月の業績が読めないものの、このまま推移すれば昇給は厳しい」ということを正直に伝え、その際、「いつも頑張ってくれているのに申し訳ないけど…」、また、「本当は昇給したいが仕方なく…」というニュアンスを含んだ伝え方をしました。
すると、スタッフの皆さんも「日々の患者数を見ているので薄々は覚悟していたが、そう思って頂いている先生の“気持ち”が嬉しい」と概ね納得をしてくれました。但し、これを一方的に認めてもらうだけでは申し訳ないので、仮にこの4月に昇給できなかったとしても、業績が回復し次第、来年の4月を待たずに昇給すること賞与も出来るだけ上乗せすることを約束し、そうなるように、お互い感染に気を付けながら、医院一丸となって一緒に頑張りましょう!という空気になりました。

【「正論」が「正解」となる経営を行うために必要なことは?】
日々、経営者として真っ当な理論、いわゆる「正論」を述べたとしても、スタッフに理解されない、または納得されないことも多々あり、「どうしてこれが分からないのか」とイライラしたり、これを「世代が違うから仕方がない」と諦めたり…と心の持ちように苦労されることも多いかと思います(当然、スタッフ側に問題があり、本当にどうしようもないケースもありますが)。
経営者の「正論」を、現場の「正解」にするためには、経営者が現場に信頼され、ラポール(信頼関係)を築くしかありません。そのためには、やはり、経営者として、人として信頼されること、つまり、スタッフや周囲への“感謝”を忘れず、高邁な倫理観・価値観を持ち、言行を一致(一貫性)させ、丁寧なコミュニケーションをとる・・・等、オーセンティック(誠実・真正)なリーダーシップが求められます。

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